医療に関わることなどを
by sui-m
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なかのひと AX
『幸せなお産』のその後
「NATROMの日記」さんの『信仰と狂気~吉村医院での幸せなお産』
『幸せなお産』というコラムが紹介されています.

『幸せなお産』の経緯をまとめると下記のようなものになります.

オーガニック生活を送っていたある夫婦のところで妊娠が発覚.
自然分娩を希望したが逆子であったため助産院に断られ,
大阪の病院では児頭骨盤不均衡のため自然分娩は無理と言われた.
お灸、ホメオパシー、逆子体操といろいろ試みたが結局逆子は戻らず.
それでも自然分娩を希望し,吉村医院を受診.
吉村先生は「バリバリの安産です」と言って受け入れてくれた。
まき割りやスクワットをしながら陣痛を待ち,出産予定日から1ヵ月過ぎて
やっと陣痛がきたがなかなか生まれず3日目に転院.
転院先で帝王切開で出産.
出産翌日に吉村医院に母児ともに転院.
生後3日目の授乳中に妻が居眠りをしておこった事故で児死亡.


魚拓はこちら

信じられないのはこれはどうやら実話であり,
さらにこの方(父親)は本気でこれが「幸せなお産」だったとおっしゃっていること.

『幸せなお産』に手を加えたものが『雪が降るまち』と称してブログに記載されています.

吉村先生がいつも言うように、誘発分娩、帝王切開といった目先の安全や医師の都合を優先した宇宙からは外れたお産では、
子育てと言う人生の最大の喜びが、きっと何割引かになるのだろう。

 
ゆきまつは、僕たちに幸せな3日間をくれたのかもしれない。
本来ならば、ゆきまつはゆきのおなかの中でなくなっていたのかもしれない・・・
「お産は、宇宙が決めること。なくなる命もある・・・」
今さらながら、Y先生が日頃から口にしていた言葉が思い出される。
Y先生が僕たちにくれた3日間・・・陣痛の間、2万人の赤ちゃんをとりあげたY先生には、ゆきまつの声が届いていたのではないだろうかと思う。
己の運命を知りつつ、ゆきまつは僕とゆきのあいだにうまれて来てくれたのか?
最後の瞬間にさえ、ゆきまつは僕たちに生きる希望をくれた。
蘇生処置の間中、僕はゆきまつの小さな小さな手をにぎりしめていた。
ゆきまつの小さな胸は、確かに脈打っていた。
総合病院の救急隊が到着し、Y先生がゆきまつから手を離したとたん、鼓動がやんだ・・・命の火は、きえた・・・



なんだかリアリティに乏しい,まるで小説のような文章ですが
この方は本当にこう思っているのでしょう.

でも本当にこれが「幸せなお産」だったのか?

予定日を1ヶ月も超過した児頭骨盤不均衡の児,しかも骨盤位で初産.
これがいかに無謀なことか.
ちょっと調べればわかりそうなものなのに.

「目先の安全より(自分の)人生の喜び」を優先すべき?

お産は何よりもまず,母子の安全を図るのが一番大事なことだと思うのですが,
目の前にある安全をとらずに何をとるというのでしょう.

「自然分娩が無理なら帝王切開で」と普通に普通の病院を選択していたら,
親子3人での「幸せな生活」が今現在もあったかもしれないのに.


NATROMさんのコメント欄にご本人(父親)がおいでになり,コメントを残されています.
他の方がこのお産がどんなに無謀なことであったのか.
(しかもそれは十分「避けられた」ことであったのに)
このお産が周りに与えたかもしれない影響を懇切丁寧に説いても全然通じる様子がありません.

あれだけ書かれたコメント欄を読んでもなお,
児の命よりも大切な「素晴らしい体験」だったとまだおっしゃる.

理解しようと彼のコメントを何度も読みましたが,私にはわかりません.
なんだか同じ文字で同じ言葉で綴っているのにまるで違う「くに」の言葉のようです.

何故こちらの言葉が通じないのか,と向こうも思っているのかもしれませんが.
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by sui-m | 2007-07-13 20:51 | 医療
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